打ち合わせの空気が変わる瞬間
カンヌライオンズを獲った人たちと、わりとたくさん仕事をしてきた。
彼らは優秀だ。企画力がある。コピーが切れる。プレゼンの圧が違う。どれも本物だった。
ただ、打ち合わせの途中で空気が変わる瞬間がある。
クライアントの課題をどう解くかを話していたはずが、いつの間にか「これ、カンヌいけるんじゃない?」に変わっている。目の色が変わる。声のトーンが上がる。ホワイトボードの前で急に饒舌になる。
クライアントの売上の話をしていたのに、気づいたら自分たちのキャリアの話をしている。
最初は気のせいだと思っていた。何度も見て、気のせいじゃないとわかった。
賞を獲れば、モテる
広告業界のクリエイターは、賞が欲しい。
別に隠してない。カンヌを獲れば独立できる。指名で仕事が来る。講演に呼ばれる。後輩が慕ってくる。モテる。全部本当だ。
だから獲りにいく。当然だ。
問題は、クライアントの予算で獲りにいっていることだ。
あのTVCFでブランドの売上は何%上がったのか。あのキャンペーンでクライアントの事業は前に進んだのか。聞いたことがない。賞の審査基準に「クライアントのROI」は入っていない。
クリエイティビティを評価する。社会的インパクトを評価する。それはいい。だが現場で起きていたのはもっと単純な話だった。
クライアントの金で、自分の名刺を作っている。
何度もそういう場面を見た。優秀な人たちだった。だからこそ、たちが悪かった。
知名度の追求は仕事を腐らせる
誤解しないでほしい。カンヌを否定しているわけではない。
広告賞には意義がある。業界の水準を上げる。若いクリエイターに目標を与える。新しい表現を世に問う場としての機能は認める。
ただ、「有名になりたい」が動機に入った瞬間、仕事の純度が落ちる。 これは構造の問題だ。
届けるべき相手がすり替わる。クライアントのエンドユーザーではなく、審査員に向けて作り始める。作品が、受け取る人のためではなく、作り手の人生のために存在し始める。
それを間近で見てきた。だから、知名度に興味がない。見てきた上での選択だ。かっこつけて言っているのではない。あの空気を知っているから、距離を取っている。
でも、出さないのは別の話
ここからが本題。
「知名度に興味がない」と「作品を世に出さない」は、全く別の行為だ。
知名度は結果。出荷は行動。結果を否定することと、行動を止めることは、別の判断だ。
料理人が「ミシュランに興味がない」と言うのは自由だ。「興味がないから店を開かない」と言ったら、それは料理人ではない。
「知名度を求めない」を盾にして、作品を出さない人間は実は多い。ポートフォリオは3年前のまま。ブログは半年更新していない。SNSには仕事の話を一切載せない。
正直に言えばいい。怖い、と。出して批判されるのが怖い。比較されるのが怖い。中途半端だと思われるのが怖い。
怖いのは普通だ。自分の内側にあるものを外に晒す行為だから。
ただ、その恐怖を「知名度に興味がない」で包装するのはやめろ。 それは自分への嘘だ。
鏡を審査員に向けるな
では何のために出すのか。有名になるためでなければ、何のために。
鏡が美しいのではなく、映る者が美しい。
作品は鏡だ。作り手の思想と美意識が映る。だが鏡は、自分のために存在しているのではない。映る者——受け取る人のために存在する。
以前、ある欧州の高級スポーツカーブランドの仕事をしたことがある。企画したのは、ARで自分のガレージにその車が停まっている光景を再現できるアプリだった。
誰のためのアプリか。すでにオーナーである人ではない。憧れていて、無理をしないと買えない人たちのためだ。 毎朝ガレージを通るたびに、まだ空っぽの駐車場を見て——でもスマホを翳せば、そこに未来の自分の一台が停まっている。
この企画、カンヌに出したら評価されるかもしれない。AR×自動車×エモーション。審査員が好きそうな要素は揃っている。でも、企画中に審査員の顔は一度も浮かばなかった。浮かんでいたのは、帰宅して駐車場を見るたびに「いつか」と思っている人の顔だけだ。
作品はクライアントのものだ。ひいては、その先のユーザーのものだ。 誰を見て仕事をするのか。それだけの話なのに、賞が絡むと途端に見失う人が多い。
カンヌを獲った人たちは、鏡を審査員に向けていた。
鏡を、受け取るべき人に向けろ。 磨いて引き出しにしまっておくのは、鏡の否定だ。
We ship. We own.
「制作会社」とは名乗らない。「クリエイティブブティック」でもない。カテゴリを名乗った瞬間、その枠に収まる。
空気は広告しない。でも、呼吸する者には必ず届く。
知名度に興味がなくていい。バズらなくていい。カンヌを獲らなくていい。
ただし、出せ。
考えたことを書け。作ったものを見せろ。失敗した話を語れ。完璧になる前に出せ。
We ship. We own. 出す。そして、出したものに責任を持つ。
知名度という動機を捨てたなら、出す理由は純度100%で「届けたい」しか残らない。それが一番強い動機だ。
賞を獲るために仕事をしていた人たちには、きっとわからない。