「大野さんのAIチームは流石ですねえ。」
24年の付き合いがある友人がいる。電通時代から一緒に仕事をしてきた。今も同じ案件をやっている。
その案件の提案書を送った。AIエージェントのチームに作らせたやつだ。
返ってきたメッセージがこれ。
「大野さんのAIチームは流石ですねえ。」
……え? なんでこいつ、うちのAIチーム体制を知ってるんだ?
「ブログ全部読んだよー笑」
全部。
きっかけは「所要時間がおかしい」
きっかけは、最近のアウトプット量だったらしい。一緒に案件をやっていて、どう考えても所要時間とアウトプットの量が釣り合わない。こいつ何かやってるな、と。それでブログにたどり着いた。そして全部読んだ。
読後の総評がこれだ。
「かっこいいですねえ大野さん。断定口調。痺れますねえ!」
24年の友人にしかできないイジり方だと思う。初対面が言えば褒め言葉になるが、24年の付き合いが言うと完全にイジりになる。普段の自分を知っているからだ。
ブログの自分、リアルの自分
ブログを書いていると、ひとつ避けられない問題がある。リアルの自分を知っている人間に読まれる恐怖だ。
ブログの中の自分は、断定する。言い切る。余計な前置きをしない。でもリアルの自分は、飯を何にするかで5分迷う。この落差を知っている人間にブログを読まれると、なんとも言えない気持ちになる。
「痺れますねえ」と言われて、とっさに出た返しが「お恥ずかしい、、、」だった。断定口調はどこへ行った。読点3つの「、、、」に、全てが集約されている。
一番正確なベンチマーク
ただ、冷静に考えると、これはいい話だ。
そいつは最初からフリーランスで、ずっと同じ業界にいる。腕もある。24年間、だいたい同じ速度で走ってきた。その人間が、提案書を見て「AIチーム」と呼んだ。ブログを全部読んで、背景を理解した上で成果物を受け取った。
普通なら「え、これ一人で作ったの?」で終わる。でもそいつはブログを読んでいたから、「AIチームは流石ですねえ」と言えた。仕組みの存在を知っていた。
24年一緒にいた人間は、こちらの通常運転を知っている。だからこそ、変化に気づける。 初対面に「すごいですね」と言われるより、ずっと正確なベンチマークだ。
空気は広告しない
広告も出していない。SNSで宣伝もしていない。ただ書いて、置いておいただけだ。それが、近くにいる人間の「何かおかしい」というセンサーに引っかかった。
空気は広告しない。でも、同じ空気を吸っている人間には届く。
所感
それにしても「痺れますねえ」は当分イジられるだろう。断定口調で書いている人間が「お恥ずかしい、、、」としか返せなかった事実は、たぶん一生言われる。
24年の友情とはそういうものだ。