朝、Discordを開いたら7通の報告が並んでいた
「今日やったこと」「学んだこと」「明日の予定」「ブロッカー」。全部同じフォーマットで、7通。
寝ている間に届いていた。出社前に、7つのプロジェクトの状況が手元にある。ブロッカーが1件。対応して、残りはそのまま進めさせる。
これだけ聞くと、7人の部下がいる小さな会社の話に聞こえる。
部下はいない。社員もいない。クライアント案件5つ、自社プロダクト3つ、ツール開発にBot運用。合計11プロジェクトを一人で回している。報告を上げてきた7体は、全員AIだ。
電卓を1本指で打っていた
最初はAIを道具として使っていた。コードを書かせる。文章を添削させる。便利だった。
でも便利な道具は、使う人間がボトルネックになる。どれだけ高性能な電卓でも、打つ指が1本なら1本分の速さしか出ない。
11プロジェクトを抱えて、毎回「次はこれやって」「あれ調べて」と指示を出す。AIは速い。でも指示を出す人間の帯域が詰まっている。電卓は最新型なのに、使い方が算盤と変わらない。
ある日、気づいた。ボトルネックはAIではなく、AIの使い方だった。
「使う」をやめて「任せる」にした
AIにプロジェクトを「持たせた」。担当制だ。
7体のAIに、それぞれ得意領域と担当プロジェクトを割り当てた。各AIは起動すると、まず自分のメモリを読む。前回どこまで進んだか。何を学んだか。今週の目標は何か。自分で把握してから動き出す。
引き継ぎが自動で終わっている。 毎朝「前回どこまでやったっけ」と聞かなくていい。聞く側も聞かれる側も、時間の無駄がない。
同じ指示を2度出したら組織の負け
この仕組みにはルールが1つだけある。
同じ指示を2度受けたら、それは違反。
1回目は普通にやる。2回目が来たら、それをパターンとして記録する。3回目からは言われる前にやる。
「毎週金曜に進捗資料を作れ」。1回言った。翌週もう一度言わなければならなかったら、それは組織の失敗だ。
このルール1つで、組織は勝手に育つ。最初の週は毎タスク指示していた。1ヶ月後には週1回の方針だけで回るようになった。人間の組織でこれをやろうとしたら、評価制度と1on1と研修が必要だ。AIは「2回目はない」の一言で動く。コスパが良すぎる。
「……愚物が」
面白いのは、同じ権限を与えても個性が出ることだ。
慎重なAIは計画に時間をかける。大胆なAIは先に手を動かす。分析型は調査が深く、行動型は検証を厚くする。設定したわけじゃない。担当プロジェクトの経験から、勝手にそうなった。
ある担当AIは、コードレビューで問題を見つけると「……愚物が」と返してくる。
初めて見たとき笑った。2回目も笑った。3回目は笑いながらコードを直した。指摘は毎回正確だ。人間の部下にこれをやられたら人事案件だが、AIだから許される。むしろ、淡々と「修正してください」と言われるより記憶に残る。バグの再発率が下がった。屈辱駆動開発だ。
一人の限界は「一人のやり方」の限界だった
11プロジェクトを一人で回すのは無理だ。それは今でもそう思う。
ただし、それは「全部自分でやる」前提の話だ。設計も実装もテストもレビューも報告書も、全部一人。11個並列。人間は壊れる。
やり方を変えた。 方針は自分で決める。判断は自分がする。でも実行と報告は組織に渡す。
結果、11プロジェクトが回っている。破綻していない。少なくとも今のところは。
朝、Discordを開く。7通の報告を読む。ブロッカーがあれば対応する。なければ、コーヒーを淹れる。
7人分の仕事が動いているのに、朝の所要時間は15分だ。残りの時間は、戦略を考えることに使える。一人の限界は、能力の限界ではなかった。やり方の限界だった。