開いた
VS Codeを起動した。
世界で最も使われているコードエディタ。エンジニアの標準装備。拡張機能は無限。テーマも無限。カスタマイズも無限。
インストール済みだった。code コマンドも通る。Claude Code拡張も入っている。Tailwind CSS、ESLint、Prettier。基本的な拡張も揃っていた。
環境は完璧だった。使う理由がなかった。
「これ、何のアプリ?」
触って5分で、率直な感想が出た。
VS Codeはコードエディタだ。ファイルをツリーで見る。構文をハイライトする。補完が効く。Git差分が見える。デバッガが使える。
全部、自分の手でコードを書く人のための機能だ。
今のワークフローを振り返る。コードはターミナルで読む。書くのもターミナル。Git操作もターミナル。ファイル検索もターミナル。
すべてがCLIで完結している。GUIを経由する工程がない。設計から実装、テスト、デプロイまで、黒い画面の中で回っている。
VS Codeを挟む余地がない。
一瞬だけ、心が動いた
チャットパネルの存在を知った。Claude Code拡張が提供する専用パネル。ここに画像をドラッグ&ドロップできる。
CLIだとファイルパスを手で打つ必要がある。チャットパネルなら、スクリーンショットをCmd+Vで貼れる。デザインのキャプチャを投げて「このレイアウト崩れてない?」と聞ける。クライアントから来た資料の画像を貼って「これまとめて」と頼める。
正直、これは熱いと思った。
だが次の瞬間、冷めた。
Claude Codeが意思決定の選択肢を出すとき、「どっちにする?」というボタン付きの質問がチャットパネルには表示されない。ターミナル側にしか出ない。
結局ターミナルを見なければならない。画像のドラッグ&ドロップという一点のために、操作の場所が分散する。
便利が一つ増えて、不便が一つ増えた。差し引きゼロだ。
道具が増えると、手が遅くなる
道具を増やすと、選択肢が増える。選択肢が増えると、判断が増える。判断が増えると、手が止まる。
「このタスクはVS Codeでやるべきか、ターミナルでやるべきか」。こんな判断を毎回挟むくらいなら、ターミナル一本の方が速い。
道具は増やすことより、研ぎ澄ますことが大事だ。
12年、一人で全領域を回してきた。デザインもコードもインフラも企画も。その中で学んだのは、道具の数と生産性は比例しないということだ。むしろ逆のことが多い。
包丁が10本ある料理人より、1本を研ぎ澄ました料理人の方が速い。
「使わない」は判断である
世の中には「便利ツールを使いこなそう」という記事が溢れている。導入方法、おすすめ拡張、カスタマイズ術。使うことが前提で、使い方を最適化する話ばかりだ。
「使わない」と決める記事は、ほとんど見ない。
使わない判断は、使う判断より難しい。「みんな使ってるのに?」「せっかくインストールしたのに?」「画像のドラッグ&ドロップ便利じゃない?」。使わない理由より、使う理由の方が常に多く見える。
だが、自分のワークフローが既に完成しているなら、新しい道具を足すことはノイズでしかない。
今の道具で十分回っているなら、それが正解だ。
そっと閉じた
VS Codeを閉じた。Cmd+Q。静かに消えた。
ターミナルに戻った。いつもの黒い画面。眷属が応答した。「何か他にやりたいことはあるかしら?」
何も変わらなかった。何も変わらなくてよかった。
必要になったら、また開けばいい。 インストールは済んでいる。拡張も入っている。いつでも使える状態で、使わないことを選んでいる。
これは諦めではない。判断だ。