経産省が「極意」を出した
Xのタイムラインに流れてきた。経産省とアビームコンサルティングが「要件定義の極意」を公開。業務フローの整理から課題抽出、システム構成、機能要件・非機能要件の定義まで網羅したヒアリングシート付き。
「有益!」のリポストが止まらない。
前日、こちらは「造問」という方法論を言語化していた。要件定義の否定から始まる思想だ。翌日に経産省がその「極意」を出してきた。笑うしかなかった。
ヒアリングシートの限界
ヒアリングシートは「聞けば出てくる」を前提にしている。
業務フローを教えてください。現在の課題は何ですか。理想の状態を教えてください。1つずつ丁寧に聞いていく。記録する。整理する。要件に変換する。合意する。作る。
この直線が、そもそも成り立たない。
クライアントは、自分が本当に欲しいものを言語化できない。「こういうシステムが欲しい」と言うとき、それは表層の欲求であって、深層の課題ではない。ヒアリングシートをどれだけ磨いても、聞ける範囲のことしか聞けない。
「それじゃない」が宝
ある案件で、クライアントの要望通りにモックアップを作って見せた。要件通り。ヒアリングの内容を忠実に反映している。色も、配置も、機能も、言われた通り。
反応は「うーん、なんか違う」だった。
「なんか違う」は、要件定義の枠組みでは拾えない。 ヒアリングシートのどの項目にも「なんか違う」の欄はない。
でもこの反応こそが宝だ。「違う」と言ってくれた瞬間、輪郭が見え始める。何が違うのか。どこが引っかかるのか。言葉にできなかった深層が、具体物を前にして初めて浮かび上がる。
否定は最も価値のある反応だ。「近いけどここが違う」なら解像度が上がる。「これを見て思ったんだけど…」と相手が喋り出したら、本音が出た証拠。
聞いて出てこなかったものが、見せたら出てきた。
聞くな、作れ
この経験から1つの方法論が生まれた。「造問」と名付けた。Making as Asking。作ることで問う。
従来の要件定義はこうだ。
聞く。文書化する。合意する。作る。
造問はこうだ。
聴取する。探針を出す。反応を診断する。本質を発掘する。繰り返す。そして提示する。
「探針」はモックアップやプロトタイプのこと。クライアントの言葉を聞いたら、言葉で返さない。動くもので返す。
間違っていていい。むしろ間違っているほうがいい。「それじゃない」が出れば輪郭が見える。壊すコストがゼロの具体物を出して、反応を見る。反応から本質を掘り当てる。
要件は定義するものじゃない。炙り出すものだ。
この方法が回る条件
造問には前提条件がある。
デザインもコードもインフラも企画も、全部自分で触れること。そしてAIの造形速度があること。この2つが揃って初めて、探針を数時間で出せる。
ヒアリングの翌日にモックアップを出す。反応を見る。修正する。また出す。このループが1週間に何度も回る。
「要件定義」が生まれた時代には、この速度がなかった。 だからヒアリングシートで全部聞き出して、文書にして、合意を取ってから作り始めるしかなかった。あの方法論は、制約の産物だ。
制約が外れた今、その制約時代の「極意」を学ぶ意味はあるのか。
「極意」の先にいる
経産省の資料を否定したいわけではない。あのヒアリングシートは、多くの現場で「聞き漏れ」を防ぐ道具にはなるだろう。
ただ、あれを「極意」と呼ぶ世界と、「聞いても出ない」と知っている世界の間には、距離がある。
クライアントとの間には2つの格差がある。1つは課題の格差。クライアント自身が本当に必要なものをわかっていない。もう1つは手段の格差。何が技術的に可能なのか知らない。ヒアリングシートは、1つ目の格差すら解消できない。
要件定義という行為そのものが、前時代の制約から生まれた方法論だった。全領域を一人で持つ人間と、数時間で動くものを出すAIが揃った今、出番は減っていく。
作ることで問う。問うことで掘る。
要件は聞き出すものではなく、作って見せて、反応を見て、炙り出すものだ。